君の声が聞こえる

 僕は雅巳の横顔を見つめながら歩いた。硬く閉じられた唇は、僕が聞いても何も教えてはくれないだろう。

 僕はその時になって、雅巳が僕の手を僕以上に強く握り締めていることに気が付いた。

「俺、誰よりも須藤の事が好きなんだ」

 安心させてあげたくて口にした言葉に、ようやく雅巳は微笑みを浮かべる。

「……私もよ」

 それでも僕は雅巳が答えるまでの間を見逃さなかった。

雅巳を苦しめているものがある。

それが何なのかその時の僕は気づかなかった。


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塩谷さんに会った一週間後、塩谷さんはS大学病院に入院が決まった。雅巳は三日に一度の割合で、塩谷さんを訪ね、見舞いに行くようになった。

そして僕もそれに付き合う事が増え、自然に塩谷さんとも親しく話すようになった。

塩谷さんは雅巳の父親だが、雅巳にはその意識があまりないよう見られた。

十八年間、父親は死んだと言われてきたのだから仕方ないのかもしれないが、塩谷さんはそれを寂しく感じているのではないかと僕は気になった。

だからある時、雅巳が来ない日を狙って塩谷さんの見舞いに訪れた。

塩谷さんは僕が一人で来たのに驚きもせず、病院の中庭に誘った。