君の声が聞こえる

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 一般教養の心理学の講義。雅巳は、いつものように後ろの方の席に座っている。

 だけど、いつものように、私に声をかけては来なかった。

 講義室に入ってきた時に、雅巳と目が合った。雅巳は、いつもどおり、私より先に講義室に来て席に着いていた。普段なら、目があった時点で、私は雅巳の元に向かっている。

 でも今日はそうしなかった。

 目を先にそらしたのはどちらが先だったのだろう?

 私だったかもれないし、雅巳が先だったのかもしれない。まあ、そんな事はどちらでもいい。私達は明らかに一線を引いてしまっていた。こんな事は初めてのことだ。

 私は雅巳から離れた前の方の席に座り、雅巳の事を意識しないようにした。

 それでも、講義の途中、一度だけ、どうしても雅巳の事が気になって、そっと振り返ってしまった。

 いつもの私の指定席。

 雅巳の右隣に加藤君が座っていた。

 私は平静を装いながら視線を前に戻した。

 胸が早鐘のように鼓動を打っている。まるで痛いほどに。

 どうして?どうして?どうして?

 自分の中で何度も問い掛けてみるが、答える声は勿論ない。

 自業自得だ。

 自分から雅巳を突き放した。