数人の旅人を乗せた馬車はゆっくりと進む。

吟遊詩人が揺れに合わせて弦楽器を鳴らす。
たまたま居合わせた彼の歌声は美しく、すっかり疲れ切った旅人の心を潤した。
「旅人よ、疲れた身体に一時の安息を…」

「…」

「旅の方、剣士様ですか」

吟遊詩人が、1人の男の風体を見て話し掛けた。
まだ若く、身体は細身。翠に近い黒の髪が、育ちの良さを垣間見せる。

「…そうです」

答えを待っている詩人に居心地の悪さを感じたらしい。剣士はちらっと詩人を見て、頷いた。

「そうですか、そうですか」

吟遊詩人は指で弦を弾きながら、全く違う曲調の歌を歌い始めた。

「翠の風が森を通れば」

そこは迷いの森から、妖精の森にかわるだろう

翠の風が海を渡れば

荒れ狂う波が、たちまち穏やかな母なる海へとかわるだろう

その風は時に鋭く
時に煌めく

ああ 翠の風 翠の風

街に平和を
悪に制裁を
正義に力を


「街で聞いた噂です」

吟遊詩人が笑った。

「翠の風、とあだ名される強者がこの近辺にいるそうです。会ったことは?」

そこにいる旅人は、誰もが首を横に振った。
吟遊詩人は優しい笑顔で、そうですか、とだけ呟いた。