「柏木さん…千夏さんを…信じましょう…」


風間にはそれしか言えなかった。

誠は何も言わず、ただただ涙を堪えていた。

腕の下から微かに見える唇が、強く噛み締められている。




そして風間は何より千夏が心配だった。

あの後、カウンセラーに千夏を応診してもらった結果、事故以前の記憶は少しも持ち合わせていないことが分かった。

事故などの衝撃で記憶を失うといった事例は、さほど珍しいものではない。

さらに大方、何かのきっかけで記憶を取り戻すことができている。

しかしその場合、カウンセリングの段階で、ある特定の言葉を聞いたり特定の物を目にすると、変に懐かしい気持ちになったり、頭痛がしたりと何らかの症状が起こる。

ところが、カウンセラーの話によると、千夏は何にも全く反応せず、ただ上の空で話を聞いているだけだったという。



当然だ。

今の千夏は、本物の千夏ではないのだから。

カウンセリングで少しの反応も見せないこのパターンが極めて危険なことを、外科医であるこの医師も知っていた。




「柏木さん………」


風間は再び重い口調で話し出した。



「千夏さんに……無理に記憶を強要することは……絶対に控えて下さい…」


「…?!」


風間の言葉に、誠はゆっくりと腕を下ろす。

顕になった瞳には、今にも零れ落ちそうに涙が溜まっていた。