彼女は小さく溜息を零すと、少し離れたところに腰掛けた。

腰掛けたといっても、もちろん物理的に存在する何かに座ったわけじゃない。

まるで空気のソファーがそこにあるかのように、彼女は何の躊躇いもなく足を組みながら深く座った。

彼女の体の重みで一度は深く沈んだ空気のかたまりは、再び優しく彼女を上に押し戻す。


その女性は

不安定だが どこか確実な安定感を持ったこの霧の椅子に全く関心を示さず、

無造作に、深い色合いのジーンズのポケットから赤い煙草の箱を取り出した。


二十代後半くらいであろうこの女性は、ジーンズに黒いTシャツというラフな恰好でだったが、

さらりとした切れ長の瞼せいか、どこかしら気品を感じさせるものがあった。

煙草を挟む指も、その煙草を口元に運ぶ仕草さえ、何処か妖艶さを漂わせていた。


上を向いて煙を吐き出せば、明るい茶色に染まったショートの髪が微かに揺れる。


ふと、この女性と目が合った。

私は思わず体を強張らせながら、恐る恐るもう一度尋ねる。


「あ…あの、此処は…」


彼女は突然

短くなって火が今にも唇に迫りそうな煙草を、手の平で強く握り潰した。


「?!?」


今度は目玉が落ちそうになった。


「あつあつあつっ熱くないんですか?!?!」

私はあまりの驚きに手足をばたつかせる。


彼女はそんな私を半ば見下すように笑い、火のついたままの煙草を握り潰したその手の平を、

私に向けてゆっくりと開いてみせた。