ギュッ……

彼女は両手で私の手を強く掴んだ。



「…記憶喪失の貴方だから…お願いできるのよ…」


「私が…記憶喪失…だから…?」


再び伝わる彼女の力強さに戸惑いながら呟く。



「…自分の記憶を持ったままの人にお願いすれば、私のお願いなんて聞かずに、自分の会いたい人に会いに行ってしまうでしょう?

…でも…貴方は違う。」




そうだ…

私には…会いたい人なんていない…



自分の名前すら分からない状態で、誰が私を見つけてくれるだろう…?

会いたかったと…誰が涙にむせんでくれるというのだろう…。


彼女が私に依頼する理由には納得がいったけど、だからといって他人になりすます…しかも知らない男性と結婚するなんて出来るわけがない。

私は握りしめられた手を離そうとしながら言った。




「や…やっぱり無理だよ…そんなこと…っ」


グッ…

離そうとした手を握る彼女の手の力が、痛いくらいに強くなった。



「……地獄………行きたくないでしょう…?」



ドクッ…

そらしたままだった視線を、恐る恐る彼女に向ける…



「これが……さっき言ってた…頼みごと……?」



私の手を握る彼女の手の強さと、私の視線を射抜く彼女の瞳の強さは、いっこうに弱まる気配を見せない…。



「……お願い……彼との…最後の約束を果たしたいの……」