『まだですか〜?』


携帯のむこうから聞こえる悪戯っ子のような催促。


「ごめんっ。残業してる。当分帰れそうにない。」


見えない相手に左手だけでごめんのポーズ。

誰もいない非常階段の踊り場で情無い男が一人。


『残業?また?』


「ごめんて。日曜は大丈夫だから。な?絶対!約束する。」


『なんか軽い約束だな。』


「軽くないって。めっちゃ重いです。はい。」


小さく笑う声が耳元をくすぐる。


『じゃあ日曜ね。期待しないで……日曜は駄目だ。私、仕事。……ま、いいや。またにしよ。じゃあね。仕事頑張って。』


日曜が仕事だと言い切り、俺の返事も聞かずに携帯の通話は切れた。


「またって……」


暗い非常階段から抜け出、なんだかすっきりしないままオフィスのドアを開けた。


「遅い!牧野!」


「すみません!」


主任の怒鳴り声にすぐさま返事をし、デスクに戻る。

目の前に突きつけられているパソコンの画面をとにかく一秒でも早く指を動かすことに集中した。