衣更えが近付いた、5月の終わり――
かほはどうしても家から出られなかった。
玄関の壁にもたれたまま、自然と溢れる涙は、一向にに止まる気配がなく
いつまで経ってもその場から動けないでいた。
まもなく8時、朝礼が始まる。
鞄をゴソゴソと探り、やっと携帯を取り出した。
「おはようございます!○○保育園でございます」
50代の事務主任の明るい声が電話の向こうに聞こえてきた。
「…もしもし、おはようございます…佐藤ですけど…」
力のない声で名乗るのが精一杯だった。
聞き取りにくいのか、甲高い声が耳に不快に響く。
「もしもし?○○保育園ですが?」
力を振り絞り、かほはもう一度声を発した。
「すみません、佐藤ですけど…」
すると声の調子に異変を感じたか
「佐藤先生?どうしたの?調子悪いの?」
いつもはかほに何かと嫌みを言ったり
やりたくない仕事を押し付けて意地悪をする、この事務主任が
珍しく優しく声を掛けてくれたことで
かほは気が緩み、号泣しながら言った。
「…すみ…ません…どうしても…家から出られ…ないんです……
……涙が止まら…ないん…ですぅ〜……」
後はただ泣くばかりだった。
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