意味が全くわからず、押しのけることもできなくて、ただ焦るだけの私。
一言も喋らずにただ私を抱き締める彼。
朝練に遅れたことなんて、頭から完全に消えてしまっていた。
今はとにかく、人目が痛いし何より怖い。
「あのっ、人違いだと思います!」
「え?」
「私、ナナじゃなくて、花音です!」
「かのん…?」
ゆっくりと私を離した彼の顔は、意外に整っていた。
黒目が大きくて、鼻が小さくて、小顔。
だけどちゃんと男らしい顔立ちで、モテるだろうな、とか思ったり。
「…あ、ごめん。人違いでした」
「いえ、全然」
「本当に…ごめんね」
そう言った彼の顔が、あまりにも寂しげで、逆に私が申し訳なくなった。
何だろう、別れた彼女に私がそっくりだった、とか?
そんなドラマみたいな話、あるわけないか。
そんな下らないことを考えている間に、彼はもう一度ごめんね、と呟いてその場を去った。
…私の足元に、ひとつの落とし物をして。
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