僕は切り分けたチーズケーキを皿の上に乗せ、リビングのテーブルに運んだ。


女は何事もなかったような顔で、ワイングラスになみなみとマルゴーを注いでいる。


「お待たせ」


僕は女の向かいに腰を下ろした。


「わー、美味しそう」

「食べて。けっこういけるよ。最近メディアに取り上げられて評判になってる店のものだから」

「いただきまーす」


女は喜色満面の笑みを浮かべてフォークを手に取った。


僕は女に付き合い、とくに食べたくもなかったケーキを口に運び、ワインで胃に流し込んだ。


取るに足りない退屈な会話を交わしながら、不毛な時間が緩慢に流れていく。


スヴェトラーノフのマンフレッド交響曲が、リビングの中を反響していた。

抑制のきいた叙情的な旋律が、密やかな緊張感を紡ぎだしている。

嵐の前の静けさを思わせる厳粛な演奏だ。

静謐とした湖面に小さな波紋が広がり、やがてそれは荒れ狂う巨大なうねりへと変容する。


そんな情景を思い浮かべながら、女の胸元に目をやった。


女はフォークを口に運ぶたびに体を前に傾け、ラウンドネックの襟元がたるんでその奥が見えた。


ああ、早く。


早くアレを切り取ってしまいたい。