……さっきまで聞こえていた女の子の声。
学校の子……だよね?『先輩』って呼んでたし。
番号を知ってるってことは少なくとも親しい、ということ。
翠君が女の子に騒がれてるのは知ってる。
でも、こうやって電話をしたりしているとは……知らなくて。
虚ろになった心。ぽっかり穴が空いてしまったみたい。
そして先程の電話の内容からして、どこかに出かけるような会話だった。
途端、黒い感情が波のように襲ってくる。
「翠君……その子と出かけるの?」
畳から携帯を拾い上げた彼はゆっくりと私の方を向く。
どれだけ否定してほしい、と願ったのか分からない。
そんな私の願いが通じることもなく――、表情を変えずに翠君は答える。
「そうだけど」
……ねえ、私分からないよ。
翠君が何を考えてるのか、ちっとも分からない。
あなたと私の間にある関係は婚約者。
なら、電話の子はあなたの何?
「……っ、もう、行く」
ガタッと音を立てて畳を立ちあがり、翠君の顔を見ずに部屋から出る。
生暖かい風が頬を掠め、そんな些細なことも嫌になる神経。
勢いで掴んできた自分の鞄の中に入っている、彰宏さん宛の手紙を取り出して大きく息を吐く。
……もう一度、出直そうかな。
きゅっと噛みしめた下唇で滲み出た涙を押さえる。
水平線どころが、前より状況が悪くなっている気がしてしょうがない。
混乱する頭を片手で押さえながら、静かに階段を降りて行った。