「あなたと翠が婚約すれば、今度こそ本気で諦めてくれるって」
翠のことを、と言葉を重ねる。
頭のどこかで『やめろ』と警報が鳴った。
これ以上言わなくてもいいだろ、今さらこんなこと言っても何も変わらない、と。
でも、もう既に歯止めが利かなくなっていた。
誰にもぶつけることのできなかった気持ちが表に出ているのは、とてつもなく奇妙だった。
「俺にとって柚以外の事は、どうでも良かったんですよ」
なんて、自分で言ってて笑えてきた。
10年という長い期間、本当に俺はそれしか考えていなかった。
どんな時でも一番近くにいた柚。
誰より君のことを理解できる自信があった。どんなことでも受け入れる自信もあった。
なんで、と訊かれたら答えはひとつ。
彼女を、ずっとずっと想ってきたから。
例え柚が俺を見ていなくても、どこかで1%の確率は信じていたのかもしれない。
本家と仕える家系の者が結ばれるなんて、ありえないから。
そして目の前にいる美鈴さんは、俺の確率を上げるひとつの存在だったのだ。
「あなたが柚の話題に触れるのも嫌で嫌でしょうがなかったんです」
僕の気持ちに、気づくのも。
『翠の婚約者』に詮索されるのはひどく腹が立った。
あの頃の俺は敵対心のむき出しだった。

