「……碧君が柚さんを好きって知った時も、忘れることなんてできなかった」
それどころか、と彼女は言葉を続ける。
「あたし、柚さんをずるい人だって思ってたのよ」
え?と疑問を抱く脳内。
下を向いていた頭を上げ、細い彼女の背中を見つめる。
柚がずるい人?
なんでそんなこと、と思ったが、次の瞬間はっとなった。
「あたしが碧君と会う時は、いつだって柚さんが絡んでいたから」
……そうだ。
あの雪の日――、僕が柚に気持ちを伝えた日。
家に帰ろうとフラフラ歩いている時に出会ったのは雪の中で傘をさした美鈴さんだった。
本家に用事があって来てた彼女。今思えば翠との正式な婚約についての用事だったのかもしれない。
今は春。彼女と翠の婚約は冬。
季節はまだ1つしか変わっていないのに、もう何ヶ月前の出来事に感じてしまう。
それくらい色んなことがあった。
平凡の普通を保っていた僕にとって、去年の秋からは変わったことが多すぎる。
柚の泣き顔も一生見せないと思っていた翠の本心も、波のように僕の心を掻っ攫っていく。

