「あの時、手伝ってくれたこと本当に嬉しかったわ」
噴水を静かに見つめながらポツリと吐く言葉。
ベンチに座りっぱなしの僕はその背中を見ながらきゅっと制服のズボンを握りしめた。
……言われるまで思い出せなかった。
結局あの日だけでプリントを完成させたから、彼女と関わったのはたった1日。
それも数時間といった短い時、だったのに。
「嫌な顔一つしないでプリント作ってくれて、こんな後輩もいるんだって思ったの」
「……、」
「あの日からずっと、気になってて――」
こんなこと思うのは迷惑かもしれないけど。
彼女はどんな気持ちで翠の婚約者になったのだろう。
きっと僕と翠が親戚関係であることを知っていたはず。
そして、そんな彼女に僕は残酷な感情しか抱いていなかった。
今思い返せば最低としか言いようがない。
『あなたはアイツの、本家の者の婚約者なんでしょう。だったら、それだけ考えてればいいじゃないですか』
あの頃の僕は、柚や僕のことを彼女に詮索されるのを嫌がった。
なぜなら彼女は翠の婚約者。
柚が想っている相手の婚約者が、僕達のことまで知ろうとするなんて許せなかった。
『余計な詮索しないでください!』
自分のことでいっぱいいっぱいだった僕は、彼女の気持ちも知らずに冷淡な言葉を投げかける。
僕のことを知られたくない。誰にも言わずに鍵をかけてきた気持ちを知られたくない。
翠を憎んでいたからこそ、その婚約者である美鈴さんも憎かったのだ。

