クロスロード


「……あたし、『本物の碧君』が見たい」




その言葉は、思考をショートさせるのに相応しかった。

え?と訊き返そうとした時、ブーッと劇場に音が鳴り響きスクリーンに映像が映し出される。



……タイミング、逃がした。



それきり美鈴さんは何も言ってこないし、僕も喋らなかった。

二人の間に流れる曖昧な空気。

映画が始まっても彼女の言葉は頭から離れなかった。



――何であんなこと言ったんだろう。

本当の僕を見たい、なんて。



美鈴さんの前で『俺』と言ったことはないし、眼鏡を外したこともない。


ここ数十年、偽りの仮面を被ることになれてしまい、隠すのは日常的なこととなった。

いや、もう既に偽りの自分が『本物』なのかもしれない。

一度、翠の前でキレた時に曝け出したけど……あの時美鈴さんはいなかったのに。



今では翠と似ているのを隠したいから眼鏡をかけている、とかはないんだ。

これは全て柚のためにしたことであり、僕を僕として見てほしかったからこうした。


けど柚は翠を選び、ヤツの婚約者にまでなっている。


柚にフられた時点で偽りの自分を消してもよかったのに、どういうわけか消せない。

これはこれで翠と見分けがつくしいいかな、と自己解決をしたからだ。



今更元に戻したって、何かが変わるわけでもないしな……