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野獣は2階の廊下を重い足取りで歩いていてね。足取りが重いのはその身体が大きいだけじゃない。
その沈んだ背にアリスが声をかけた。
「ね、野獣さん」
「――!? に、2階に来るなと言っただろう!」
「ごめんなさい。クララさんの事、気にしてるみたいだったから」
クララの名前を出すと、野獣は氷のように固まってしまってね。そわそわと瞳を忙しなく動かしている。なんとも分かりやすい反応だよ。
ちょっと野獣が愛らしくなった。
「一目惚れでもしたのね?」
「なっ、なっ、そんな事……!」
大きな身体で狼狽える野獣は、図星だと言っているようなものだよ。
アリスは好奇心のまま追求を続けた。
「アタックすれば? 彼女はしばらく屋敷にいるんでしょ」
「だ、駄目だ。私は女性のことになると、とてつもなくネガティブになるのだ」
「はあ?」
ネガティブって何よ、とアリスが野獣に説明を求める。

![[短編] 昨日の僕は生きていた。](https://www.no-ichigo.jp/assets/1.0.781/img/book/genre1.png)