はあ、とため息が一つ。
「お前らの痴話喧嘩がどうでもいいが、海の魔女には会えないのか」
イヴァンがルートヴィヒのほうを向いて言った。
改めて見ると、彼の赤い髪は爽やかな海辺にはなんとも不釣り合いだったよ。
「海に潜らないと会えませんよ。魔女が海から出るのは本当に時々ですし」
相変わらずそれまでの会話と全然関係ないことを言い出す兄だ、とカールは一人苦笑を漏らしていた。
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マエストーソの国の陽は落ち、夕日に反射して輝いていた海も闇色になった。
満月が海面に映っている。海原を漂うボートのように揺らめいている。
「どうするの?」
ポツリと呟いたのはアリス。
「何がだ?」
「もう夜よ。溺死を決行するんでしょう?」
アリスとエルザは相変わらず浜辺に座っていた。
ワンピース一枚のエルザは、夜風に吹かれて少しばかり寒そうだったよ。
「ああ……そろそろだ」
エルザは地平線近くの海面をじっと睨むように見つめている。
「私はここで見てるわ」
「ありがとうアリス。なんか……色々……」
「いいのよ。それより本当にいいの? ルートヴィヒさんに言わなくて」
彼の名を出すとエルザの頬がほのかに赤く染まるのがなんだか可愛かった。
「い、いいんだ。死んだらすぐに魔女が足を尾びれに変えてくれるから」
そう言ったエルザだけど、ただ彼に言うのが恥ずかしかっただけなんだね。

![[短編] 昨日の僕は生きていた。](https://www.no-ichigo.jp/assets/1.0.787/img/book/genre1.png)