「いくらなんでも無茶すぎですよ」

 レジィのたしなめる声にもサレンスは応ぜず、ただ肩で荒く息をしているだけだった。あれだけの大火を一瞬に鎮めたのだ。消耗しないわけがない。
 知らずレジィが顔をしかめたときだった。不意に辺りが暗くなる。

「ぎゃおおおっ!」

 奇怪な鳴き声がごく近くで響き渡った。

「えっ?」

 声にレジィに振り返ると、目の前に巨大な影がのしかかるように立ちふさがっていた。
 開いた口らしき場所から、鋭く尖った巨大な牙が鈍く光る。
 生臭いにおいが辺りを包む。
 それでも、地面に膝を落としたサレンスは動こうとはしない。
 いや動けないのだ。

「サレンス様っ!」

 とっさにレジィは自分の小さな体でサレンスをかばうようにして、化け物に背を向けた。
 セツキが彼らの前に飛び出し、威嚇するように低く唸った。

「ぎゃんっ!」

 強靭な獣である雪狼が化け物の一撃で跳ね飛ばされ、傍らにぐったりと倒れるのが目の端に写る。

「セツキ!」

 背後の襲い来る気配に死を覚悟した瞬間だった。
 ごおっと耳元で音がした。

「去れっ!」

 凛とした声が耳に入る。
 顔を上げると、サレンスの右腕から黄金の炎が放たれるのが見えた。
 炎は翼のある化け物を包み、燃やし尽くそうとするかのように白熱の輝きを放つ。

「ぐおぉぉーんっ」

 化け物は炎の中で身もだえし、苦悶の呻き声をあげる。
 そして、炎は消えた。
 巨大な化け物とともに。
 サレンスはまるで何事もなかったかのように立ち上がった。
 先刻までの消耗など嘘のように。

「サレンス様?」

 彼の顔を仰ぎ見て、レジィは息を飲んだ。
 そこにいるのは、レジィのよく知る青年ではなかった。