<今日も飲もうぞ!亭>の主人の自慢は、熱々の料理でもなく呑めば火を吹くほど強い火炎酒でもなく、己の分厚い胸板と筋肉と古傷だ。
<狩猟の民>の中でも随一の狩人であった彼は、捕らえた獲物は数知れずというつわものだった。その記録はいまだ破られていない。
 けっきょく、今は吹雪熊との格闘で得た傷のために、狩人を引退して居酒屋を開いていた。料理や酒の美味さよりも、主人の豪放磊落な性格で持っているような小汚い小さな店だ。

 まだ客が来るには早い時刻に入ってきた子連れの若い客に、主人は目を見張った。
 艶やかな黒髪。
 蒼い瞳に浮かぶ光はどこか気だるげで退廃的だ。
 まとっているのは毛皮の裏打ちはしてはあるが、生地の擦り切れが酷いマント。
 中に着込んでいる衣類もむやみに痛みが目立つ。
 腰に佩いている剣は、何の飾り気もない無骨な実質一辺倒なもの。
 ぱっと見、どこかの貴族崩れの傭兵に見えなくもない。
 見えなくもないが……。

「あんた、氷炎のサレンスじゃないか。ずいぶん久しぶりだが、何の冗談だ。その格好は? それとも仮装大会でもあるのか」
「久しぶりだな、主人」

 物慣れた態度で黒髪の青年は応じる。
 その側で連れている子どもが騒ぐ。

「なんで、ばれてるんですか? と言うか知り合い?」
「まあな」
「えええっ!」

 どこか微笑ましいやり取りを横目に主人は青年に語りかける。

「その髪はどうした。似合ってないことはないが、どうもいけねえ」

 くすりと笑う青年にはすでに先程の物憂げな翳りはない。主人の知る快活な若者に戻ったようだった。

「小姑がうるさくてね」

 主人の前に腰掛けながらぽつりと言う。それにまた子どもが反応する。

「だれが小姑ですか」
「お前があんまり楽しそうだったからな」
「酷いです」

(きっとあんたも楽しんだろうに)

 心の中で突っ込みながら主人はもうひとつ気になったことを尋ねる。

「どこの子だい? そいつは?」

 青年がそんな子どもを連れてきたのは初めてのことだった。