──乗り込んで一時間ほどのちに錨(いかり)が上がり、船は小刻みに船体を震わせてゆっくりと港から離れ出航する。

 カイルは、遠ざかる陸地を見ようとデッキに出た。

 デッキにいる数人が港に向かって別れを惜しむように手を振ると、港にいた人々も同じく手を振り返す。

 そんな風景に、どこか望郷の念にかられて感慨に浸る。

 自分にも大切な人がいて、その人との別れであったなら、きっと大きく手を振ってこの時間を惜しむのだろう。

「ん~。いい風だ」

 伸びをして頬を撫でつける風を楽しむ。しかしふと、視界に入った数人の男たちに意識が向いた。

「うん?」

 四人ほどの男たちは、どうにも船旅を楽しむような素振りはなく、忙(せわ)しなく周囲を窺(うかが)ったあと船内に入っていった。

 三十代から四十代だろうか。

 黒いアタッシュケースを手にしていたことから、難しい商談でもするのかもしれない。