「もっと、早くに言って欲しかった…」


『悪い。』


それからしばらく、無言で歩いた。


「─…ここ?」


『うん。』


着いた先は、いつも名波と話してる例の食堂。
いつもと同じ窓際の、同じ席に腰を下ろした。
今日は名波との約束がないから、ここに来ることはない。


『座れば?』


キョロキョロ辺りを見渡しながら、おぼつかない足取りで椅子に腰掛ける恭平。
向き合う俺達を挟み、騎馬がいつものように重箱を並べ、箸と小皿を置くと、智章さんが飲み物を持って現れた。


『いただきます。』


「あ、いただきます。」


俺を真似て両手を合わせる恭平をチラ見し、黙って重箱をつついた。
黙々と食べる俺に、恭平からは戸惑いの眼差しを向けられた。
それでも何も言わないでいると、諦めたのか重箱に箸をつけた。


『─アリスと話し出来た?』


「えっ?」


重箱の中身が順調に減っていくのを見ながら、会話の一部として聞いた。


「まだ。最近、顔会わせないようにって早めに家出てるから…」


『そっか。』


「顔みるとさ、紅平になろうとしちゃうんだよね…いけないって分かってるんだけど。」


卵焼きを口一杯に頬張り、重箱とにらめっこする恭平を見て、本当に話す気があるのか、この短時間で幾度か悩んだ。
やっぱこのままじゃよくないよな。


『本当は他人の世話してる場合じゃないんだけど、恭平の場合は仕方ないか…』


背もたれに寄りかかり、股に落とした手を見ながら、独り呟いた。


「陸食べないの?」


『ん? 食べるけど…って、お前食い過ぎ。』


がっつく恭平に呆れながら言うと、口の周りに色んなものを付けたままニッコリ笑った。


『フッ…それでも、坊ちゃんかよ』


「一応。」


その振る舞いが本当なのか、わざとしてる事なのか。
未だに俺の様子を伺う素振りを見せる時がある。
それも、ほんの一瞬。
気づいてるのに気づかないフリするっていうのも大変だな。