数日後。


「帝、お話があります。」

「んー、何?」


相変わらず紙とみらめっこしつつ仕事をこなす薫の正面に立った蛍は、感情のこもらない声で言い放った。


「今度。左大臣の一の姫様を正妻としてお迎えすることに決まりました。」

「あー、そう。分かっ・・・・・・・・・え?」


ぴたりと、筆の動きが止まる。そして、驚愕の表情で顔を上げた薫の目は極大に見開かれている。


----久しぶりに帝の顔を見た気がする。


いつもうつむいた姿しか見ていなかったせいか、薫と顔を見合わせるのはとても久しぶりに感じた。


「蛍」

「はい。」

「聞き間違え…だよな?もう一度言ってくれ」


信じられないといった表情の薫へ蛍は淡々と告げる。


「何度でも言いましょう。帝には左大臣の一の姫と祝言を上げていただきます。」


カランと薫の手から筆が滑り落ち、床には筆を中心とした花火のように墨が飛び散る。
いつもなら、慌てて筆を拾い、始末を始める蛍が全く微動出せずにまっすぐと薫を見つめる。

同じように固まったまま動かない薫も蛍を見つめたまま驚きの色を深めている。

少しの時間だったかもしれない。でも永遠にも感じられる時間の中、薫の思考がゆっくり動き出す。


「…俺に…結婚しろってことだよな」


「はい。」


確認のような口ぶりの薫に蛍は迷いなく、即答する。
その返事に少し傷ついた表情を見せる薫は視線をさまよわせ、息を吐き出すと、目頭を押さえた。


「蛍」

「はい。」


少し落ち着いた声。


「少し時間をくれ。」


漸く絞りだせた言葉に、蛍は静かに頭を下げた。