365回の軌跡

「麻耶、この傘そんなに高いの?」
私はその傘を傘立てから取ると、麻耶に渡す。
「高いのって…自分で買ったんじゃないの?」
麻耶は呆れ顔で聞く。
「違うの。たまたま街を歩いてて雨が降ってきて傘持ってなくて濡れながら歩いてたら知らない人が貸してくれたヤツなの」
麻耶は驚いた顔になる。
「この傘を貸したの? うそ… この傘安く見ても十万はするよ!」
「!!」
私と遥は驚きのあまり絶句する。高卒で都内の雑貨屋で働く麻耶は昔からブランドに詳しい。間違いはないだろう。
「…嘘でしょ?」
「いや、この取っ手一つとっても、本物のワニ皮で出来てるし、かなり高価な物だよ」
「沙紀、借りた人知ってるの?」
遥がかなり心配顔で聞いてくる。
「全く知らない人。顔も微妙に覚えてるか…」
私は傘を貸してくれた人の顔を必死で思い出す。若い人だった。どちらかと言うと、可愛い感じの顔だったような…。そしてスーツを着ていた。
「ぼんやりとしか思い出せないや…」
「まずいよ、ビニール傘だったらまだしも、こんな高い傘返さないと…」
私は大きくため息をつく。困ったことになった。なんであの人こんな高い傘を貸したんだろう。
「ま、そこから新しい恋が始まったりしてね!」
麻耶は他人事だ。
「とにかく借りた場所に行ってみたら? 借りた時と同じ時間帯くらいに」
遥が提案する。
「それしかないね…」
私はすっかり酔いが冷めてしまった。