キボウタクシー

「人はね、いろんな失敗を経て大きくなるんだよ」


運転手さんが突然飛躍した話をふっかけてきたので、私は意識を外の景色から運転手さんに向けた。


「私も若い頃にはいろんなことで落ち込んでいたよ。失恋、嫉妬、劣等感…人間若い内はいろんなマイナスの感情に襲われるもんさ」


失恋、という言葉は今の私の心には痛いはずなのに、運転手さんが言うとすんなり頭に入ってくるから不思議だ。

運転手さんは笑顔で続けた。


「でも私の場合は失敗こそすれいつも全力でやってきたから、今この歳になって過去を振り返ってみても『後悔』ってもんだけはしてないんだ。嬉しいことにね」

「後悔…」


その言葉を聞いて、不意に私は心がそわそわした。

彼と別れて、ただ落ち込んでいる自分。

恭子やまわりの人によりかかって慰めてもらうだけで、前を見つめない自分。

このまま何もしないで終わることが、運転手さんの言う『後悔』に満ちた未来を呼ぶんじゃないか。

少し、怖くなった。


「人は全力で生きてこそ、後々笑って自分の歩んだ道のりを見返すことができる。大きな失敗をしたって、全力で打ち込んだ結果そうなったのなら、いつかは前向きに見つめ返せるようになる。つまり、常にベストを尽くせ…ってことだね」