運転手さんはさらっと言ってくれたが、私の心は穏やかではなかった。

タクシーなのにお客さんを送るのが仕事じゃないって、それはないでしょう。

自然と小さな溜め息が出た。

そんな私の顔を一瞥してから、運転手さんはまたもや高く笑ってみせた。


「アハハ、それそれ、その顔。このタクシーに乗る人は必ずそんな顔をするよ。大丈夫、とって食ったりはしないから」


この陽気な運転手さんならこれが嘘ということも有り得なくはないが、最初に行き先を聞かれなかったことが思い出されて不安が募る。

今私はどこへ向かって…いや、どこへ連れて行かれようとしているのか。

全く検討がつかないが、窓の外を見ればやはり私の知っている場所だった。

見慣れた市街地。

何度も行った喫茶店。

いつもの街を、手を繋いで歩く恋人がちらほらと目に入ってくる。

彼らは楽しそうに笑いながら、彼らの青春を思い切り楽しんでいるように見えた。

それが、つい先日までの私の姿とうっすら重なる。


また、心の締め付けが強くなった気がした。

恭子のおかげでせっかくしまい込むことができたのに、その光景に刺激されて再び心の蓋がガタガタと騒ぎ始めていた。