「ていうか、一輝くん、敬語やめてよって言ってるのに!」

一輝は、あたしよりも2歳年下なのだか、それを思ってかどうしてかはわからないのだが、いまだに敬語で、しかも「咲さん」なのだ。

「・・、なんか緊張してしまって。うん、でも、ちゃんと普通に話します。あ、話すよ。」

「お願いしますよ。」

あたしはまたも一輝のことが、いとおしくなってしまい、思わず一輝の手をひいて歩いてしまった。

一輝は一瞬戸惑ったように、指を硬直させたが、すぐにやわらかく受け止めてくた。



手をつなぐ。

こんなありきたりのことが、こんなにも暖かくて、幸せだなんて。

あたし、もう、何年も忘れていたよね。

大人になるって、こういうときめきも忘れかけてしまいそうになるんだね。

ただ、手が、くっついているだけなのね。

ずっと、忘れたくないよ。


あたし、一輝が大好きだよ。



あたしたちは、公園にたどり着き、あてもなく池の周りをぶらぶらと歩いた。

「少し前だったら、桜、咲いてたね。吉祥寺に住んでいた頃、一人でよく見にきた、夜。」

「一人で?」

「うん、一人で。桜、あたし大好きで。なんか、咲いてる間は見てないともったいないって思っちゃうの。だから、仕事終わったら一人でここまで歩いてきて見てた。」

「なんだか、寂しいね。」

「まあね、周りは、宴会してる人たちとか、恋人同士とかだし。でも、いつか恋人と来てやる!って想いながらね。」

あたしたちは、池のふちにある、古ぼけた木でできたベンチに腰かけた。

もう、日はくれて、街灯の光がぽつぽつと水辺に浮かんで揺れていた。