正直、こんなことがあるなんて思ってもいなかった。


黒い体を揺らしながら走り出した列車。


昔の癖だろうか。僕の視線は向かいのホームに注がれる。





そこで見つけた、一人の女性。


あの頃のままのような、少し大人になったような。


あの頃のように微笑みかける、貴方の姿。


急速に色付いていく、セピア色の景色。


「今日も、一緒に帰ろうね。」


ああ。思い出した。


いつも君が言っていた言葉。約束の時間も約束の場所。


学校から帰路につく僕をいつも待っていてくれていた君の言葉。


暖かい言葉。


僕はホームを歩き出した。彼女と一緒に帰る為に。


この先ずっと、二度と僕はこの声を忘れたりしない。


何故ならこうやってこの場所に立てば、聞こえてくるのだ。


そうだ。いつだってそうなんだ。


静かな駅で。僕の心に。


この場所で。この街で。


君の声が聞こえる。





遠くでまた、列車の汽笛は高らかに響いた。