「はっ。・・・しかし良かったのでしょうか。あの男たちを自由にさせておいて。もちろん、監視はつけてありますが」
エンキドゥの不安に、卑弥呼は妖しい含み笑いだけを返した。
一方その頃、邪馬台国日本大使館で職務についていた川口は予定していなかった訪問客に困惑していた。
「これはこれは。なにかようですか、相田さん」
「その面倒な物言いはどうにかならないのか。同期相手に」
「いえ、なにせ仕事中ですから。この国の労働は午後2時までですが、私達は本国にならって5時まではやっておりますので。それに、いまのあなたはこちらの人ですよ」
「よせよ」
相田はポケットから小さなメモ用紙を出し、黙って川口のデスクに置いた。それを見た川口は、彼の執務室にいたほかの書記官に部屋を出て行くよう手で合図を送った。メモ用紙には『人払いを。この部屋に盗聴器はしかけられているか?』と書かれていた。
部屋が二人きりになったのを見計らい、川口は、
「いやしかし、わからない、ものだなぁ。お前が亡命とはな」
と、「わからない」を強調して相田に言った。相田が心得たとばかりに頷き返す。
「しかたない、これも運命さ。もう東京に帰ることもないだろう。本当は俺をこんな目にあわせてくれた政府の奴らに言いたいことのひとつもあるんだがな」
相田はもうひとつ、ポケットから細く丸めた2センチほどの紙の筒を出して川口に渡した。川口は(なるほど、そういう事か・・・前政権の息のかかった俺は、蚊帳の外だったってわけだ)と胸に痛いものが走るのを感じずにはいられなかった。
「川口、お前だっていつどうなるか分からんぜ。しかし、ここは本当にいいところだな。お前も忙しいだろうが、暇ができたらおすすめの飲み屋でも紹介してくれよ。じゃあ、またな」