社長さんをお父さんの仕事部屋に案内してから私は、
次々にお父さんの曲を聴いていく社長さんにストックを渡す役に徹していた。
「――…うん、これはいいな」
12曲目のサビ部分を聴いて、社長さんはやっと声を出した。
業界人の耳はダテじゃない。
その曲はお父さんも気に入ってる曲だった。
「でも……」
「…?どうかしましたか?」
「いや、キーが馨の声には合わないな。
もう少し高い方がいいんだ」
馨、って人のための曲選びなのか。
音域が広いこの曲を、歌いこなすのは難しい。
馨さんかぁ…
歌声を聴いてみたいな。
「…それなら、あと2音上げたものがあるはずです。
父がバラード調にするために2音上げて編曲しましたから。
――今出しますね」
「ああ、ありがとう。
えっと…珠季くん、だったかな?」
「え?……あ、いえ、
どういたしまして」
『珠季くん』って……。
この人、私のこと男だと思ってんのかな?


