「カミーユだ。この村の者じゃないから覚える必要はないよ。君は?」

わたしは立ち上がりながら、答えた。

「…ミシェル。父の姓も母の姓も持たない、ただのミシェル」

パンパンと膝の泥を落としていると、彼の息を呑んだような一瞬の空気の沈黙を感じ、不信に思って顔を上げた。

彼は何回か瞬きをして、やっと口を開いた。

「……ミシェル?」

わたしの名を口にした後は、瞬き一つせずじっとわたしの水に濡れた顔を見つめる。

な、なんなの!?

「…どうかしました?」

カミーユは被っている頭巾を目深に被り直し、瞳を伏せた。

「…いや、なんでもないよ」

そして落ちていた彼の外套を再びわたしにかけると、背を向け歩き出した。

「あ…あの!!」

カミーユは振り返らずに、片手をわたしに向かって振った。

「“ただの”天使に逢えて光栄だよ。オ・ルヴォワール(さよなら)!ミシェル!!」

「オ・ルヴォワール、カミーユ!!」

カミーユの姿が見えなくなるまで、ずっと立って見つめていた。

……天使。

彼はわたしを大天使ミカエル様の名前にちなんで天使と呼んだ。

それは彼なりの信心深いわたしへの皮肉だったのか。

……あんなめちゃくちゃな人は、初めてだ。



さようなら、“ただの”カミーユ。