(何?)
この感じ、覚えがある。昨晩と同じ感じだ。
(もしかして。)
怖くて振り向けない。けど、感じるのだ。
心臓は激しく脈打つ。喉は激しく渇くが、唾を飲み込もうにも乾ききっていた。
なんと運が悪いのだろう。太陽が雲に隠れた。結果、ガラス窓に妻の後ろの景色が映った。
いる。女がいる。夜と違って、今はコンタクトをしている。見間違えるはずがない。
どうにかしなければ、そう思い振り返った。
「いない・・・。」
ガラス窓に映った女がいない。
「気のせい?」
胸をなで下ろしたのもつかの間、声が耳元からした。
「見てるだけぇ。」
振り向くと、女の顔が目の前にある。妻はしりもちをつき、後ずさりした。
「だ、誰?」
「・・・。」
一度言葉を発したきり、それ以上は何も言わない。ただ、ジッと妻を見ていた。けして、脅かそうとかそんな表情ではない。本当にただ見ているだけだ。仮にこのやりとりを街中で見たとしても、誰も何も感じないだろう。それくらいに普通の表情だ。しかし、それが妻にとっては怖かった。
目的がわからないのだ。見ているだけ。いったい自分に対してどんな感情を持っているのかまるで読み取れない。
「な、何の用なの?」
妻は聞いた。話はしないと頭ではわかっていても、体は理解していない。勝手に言葉を発してしまう。
「・・・。」
女は後ずさりを始めた。理由はわからない。どんどん、どんどん後ろ下がっていく。そして、ベランダに出てしまった。
「どこまで行くの?」
その勢いはベランダから飛び降りそうな感じだった。
「あっ!」
妻がそう言った時には遅かった。女はそのまま地面へと消えていった。

身を乗り出し、様子を伺った。そっとだ。
「いない・・・。」
女はいなかった。見えるのは小さい人の影がチラホラと、おもちゃのような車たち。女の姿を何度も探したがいなかった。