そしてその時の俺の脳裏に浮かんだのは
何故だか美奈ではなく、
その隣で微笑む一人の男の姿だった。

死んだのは美奈なのに、
そのことに対しては不思議なほど落ち着いている。

けれど、”彼”の存在が、
俺の心を不安で掻きまわしていた。


きっと、相手も同じことを
考えていたのだろう。

お互いにまともな会話も交わせない状況で、
彼はか細く今にも消え入りそうな声で
こう言ったのだ。


『綾太(アヤタ)が、』


また、俺の手が震えた。
その瞬間脳裏に浮かんだのは、
微笑む彼と
屋上に虚ろな表情で立ち尽くした彼。

後者の彼は、今にもそこから落ちてしまいそうな――


考えたくもない想像に
俺は拳を握りしめる。


『やべぇよ良也!!アイツ…アイツ…っ!』


打って変わって取り乱した
電話の向こうの相手に、俺は
「分かった」とだけ小さく呟いて
そっと受話器を置いた。


(綾太……!)


――綾太は、長年付き合ってきた友達だ。

そして美奈は彼の最初の彼女。
高校に入学した時に付き合い始めた。

美奈と綾太は、本当に仲が良かった。

仲が良いように……見えた。



気が付けば俺は、無心にコートを引っ掴み
雪の降る真っ白な外の世界へと飛び出していた。

まともにそれを着ないまま
雪が薄っすらと降り積もった道を
ただ走る。
吐いた息は一瞬で氷のように冷たく、白くなり
またたく間に顔や手足の感覚は消え失せた。


けれど、俺の中には
ただ嫌な予感ばかりが支配して
周りもなにも見えないまま、全速力で走り続ける。


「あや…っ、た…!」


彼なら、やりかねない。

俺の抱いた嫌な想像が、
現実のものになってもおかしくない。


それほど、綾太は彼女を愛していたから――