しかし私の予想に反して、
先輩は何も言わなかった。

ただいつもより大きく見開いた目で私を見つめて、
まばたきを繰り返すだけ。

まぁ…案の定、耳は既に真っ赤だったけれど。


「て…てめ…」
「あははっ!色々仕返しです。」


チッ、と舌打ちした先輩は
そのままそっぽを向いてしまう。

私は微笑みながら、頭上を覆う夜空を見上げた。
街中だからいつものようにたくさんの星は見えないけれど
一つ二つ、一番星は光っている。

東京へ行ったら、きっと先輩は
こんな星さえも見られなくなるんだ。
それだけで私たちの間の距離を感じた。


「頑張ってください…。」
「あァ。当たり前だ。」
「浮気、しないで。」
「冗談言ってんな。」


もう、夜だ。

もう少しで私たちは、別の道を歩き出す。

大袈裟かもしれないけれど――そんな気分だ。
学校で会えないわけではない。
でもこうして二人でデートに行くのは
今から後4年も先の話。


長い。
寂しい。


堪えると決めたはずが、
私の瞳はもう、涙でいっぱいだった。
でも泣かない。
笑顔で陽先輩を、見送るんだ。


「…こう、考えてみろ。」
「へ…?」


俯いた私を見ずに、陽先輩は言葉を紡ぐ。


「あーほら。今年、オリンピックがあんだろうが。」
「うん…。」
「だから、梓は『次のオリンピックは誰が活躍するかなー』なんて
 考えてりゃいいんだよ。」


そうすれば、4年なんてあっという間だ。

言って、先輩は優しく微笑んだ。
思わず何も言えなくなって、
こくこくと何度も頷く。


「…そうだね。ほんと、あっという間だよ…。」
「だろ?」