なにも言わず逃げ出してしまえば良かったのかもしれない。しかし自分の中の妙な義理堅さが、一言も告げずその場から消え去ることを躊躇させた。
 結局、カーキ色の背中が10メートルほど遠ざかったところで、あたしは彼女を追いかけるように駆け出した。
 彼女が同性であることへの安心感、なんとかなるだろうという楽観的な考えと小さな好奇心。そしてなによりも、彼女はきっと大丈夫だという根拠のない自信が、あたしを動かしていた。