街路樹である桜の木は、今日という日を祝うように自身の花びらを惜しむ事なく散らしていた。

 律は新しい制服を身に纏い、変わらない道を歩く。

 今日から晴れて中学一年生だ。


 入学式だというのに、律は一人。母は仕事で早朝から出て行き、義父は出張中だ。


「はぁ…」


 思わず溜め息を零す。

 分かりきっていた事だけれど、いざとなるとさすがに寂しい。

 他の子は両親と共に来るのだろう。それが普通だから。


(うちは普通じゃないしな)


 既に家庭崩壊している。

 義父と母は家にいても口を利かない。律自身も母とは険悪な雰囲気。

 まるで、他人同士が一つ屋根の下にいるようだ。

 そんな母が律の入学式に出席してくれるはずもなく、律はただ一人足元を見つめ、歩くのだった。


「だからッ。来なくていいっつってんだろ!」


 いきなりの罵声に、律は驚いて顔を上げた。

 前方には親子らしい少年と母親がいた。


「どうして? くーちゃんの晴れ舞台じゃない」

「たかが入学式だろーが! 来るなって!」

「だって、普通は保護者同伴でしょ? なら張り切って行かなくちゃ!」

「だからって、んな格好で来んなッ!」


 少年が怒るのも無理はない。そう思いながら、律は二人を見つめていた。

 その女性は真っ赤なワンピースで、多分新入生より目立つであろう格好だ。寧ろ、注目を集めてしまうのではないだろうか。


「ぜってぇ来んなよ、来たら一生口利かねぇ!」

「もぉ、分かったわよ。早めに帰りなさいね」

「おう、まっすぐ帰れよ」


 渋々、その女性は来た道を歩いて行く。その背中はとても寂しそうだった。

 それを見かねたのか、少年は女性に向かって言った。


「来るなら普通の格好で来い!」


 不機嫌そうな少年の声に女性は振り返り、優しく笑った。

 律は羨ましそうに二人を見ていた。

 もし私とお母さんがあんな風に言い合えたら、そう思わずにはいられない。


「……何?」


 少年はやっと律の存在に気がついて、見られていた恥ずかしさからか、不機嫌そうに尋ねて来た。