「……めんどくさいんだよ、そういうの。他人に合わせるのも縛られんのも好きじゃねえし、女なんて鬱陶しいだけだろ。あんなのだったらいない方がマシだ」

「先生、それは――」

反論しようとして、やめた。私が何を言ったところでこの人は意にも介さないだろうし、この人の考えを変えさせるだけの気持ちも言葉も私にはないと思ったから。

「原田は俺に彼女とやらがいてほしいわけ? てゆうか、お前もひとのこと言えねえよなあ。そこそこ告られてんのに片っ端から断ってんじゃねえか。好きな奴でもいるのかよ」

「っ!」

ああ、まったく。耳を塞ぎたい。反撃のつもりなのかこの刺のある視線は。そして早く答えろこの野郎と急かしてくるは無言の圧力。

今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるも、先生は一応私の質問に答えてくれたし、ここで私だけ答えないのも不公平な気がした。自分の性格が恨めしい。聞き返される事を想定してから訊くべきだったなと胸の中で嘆息しながら、仕方がないので胸の内を明かす事にする。

「……私は、まだ恋愛なんて出来ないと思うんです」

先生から視線を外し近くの花壇へと目を向けた。ピンクや薄白、薄ピンクに色付いた秋桜が気持ち良さそうに風に揺られている。存在を主張するように、誰か一人の目に留めてもらえるように。自信に満ち溢れ、愛でてもらえるその時を今か今かと待ち望んでいるよう見えるのは、私の心が生んだ錯覚か。

数秒の間、揺れる秋桜に見入っていたけれど、訝しむような視線に気付いて、秋桜を見つめたまま再び口を開いた。

「……恋愛って、自分以外の誰かを受け入れられないと出来ないと思うんです。でも私には誰かを受け入れるだけの器がない。私は、自分でも嫌になるくらい未熟な人間ですから。自分の事で手一杯なんです。そんな人間が恋愛に手を出したって上手く行きっこないでしょう?」

秋桜からゆっくり先生へ目を戻す。いつの間にか、その手には新しく火を着けた煙草が挟まれていた。先生はその双眸を細め、気怠そうに昇り揺らめく紫煙の先を見つめている。

「……だから恋愛はしばらくお預けというわけです」

最後にそう言っておどけるように笑みを作った。
その時が来るのかは分からないけれど。心の中でそう付け足して。