恋よりも、



「……私は、謝らないよ」

静かにそう言った私を、リコちゃんはさらに強く睨んでくる。

「気の毒だとは思うけど、あなたには謝らない。謝る必要はない」

「っ何よそれ!」

「じゃあ、私が謝れば気が済むの? 違うよね。リコちゃんが向き合う相手は私じゃないはずだよ」

好きな人に一方的に別れを告げられて、それが怒りでも悲しみでも、どうしようもない気持ちなら、この場合ぶつける相手は一人しかいないと思う。
けど、それは恋をしたことがない人間の空想論に過ぎないのでは――? そんな事が一瞬頭を過ぎったけれど、他に掛けてあげられる言葉も見つからなかった。

「その男の子が好きなら、ちゃんと言いなよ。リコちゃんに、惚れさせなよ。私は蚊帳の外でいいからさ」

リコちゃんは涙目で私を見つめてくる。……可愛い。男の人が、女の子の涙目に弱いっていうのが分かった気がする。なんて、不謹慎な事を考えてしまった。

手を伸ばして、リコちゃんの頭を優しく撫でる。身長差がほとんどないから、腕が結構きつい。涙を零すリコちゃんに、ごめんね、ハンカチはもうないんだと心の中でそっと謝った。

ちょっとだけ、空気が和やかなものに変わったのを感じた、そんな時。カツカツという音が耳を掠め、そして、

「遅いからって来てみりゃあ、原田、何遊んでんだよ」

そんな重低音が私の耳にはっきりと届いた。

「先生……!」

振り向けば、これでもってくらい眉間にしわを作った先生が不機嫌そうに私を見下ろしていた。
けれど先生の不機嫌顔に慣れている私は怯む事もない。

「先生! 何でここに居るんですか? あの子、あの女の子を置いてきたんですか!?」

「あの女子なら落ち着いてから帰した。つーか原田、いきなり泣いてる奴を寄越すなよ。お前の名前出すから面倒でも相手しなきゃなんなかったじゃねえか」

「……やっぱり。先生、教師としてどうなんですかその態度。泣いている生徒がいたら普通慰めてあげるのが教師でしょう。まさかあの女の子放置してたわけじゃありませんよね」

「あぁ? 泣きたい奴は泣かせておけばいいだろ。なんでわざわざ俺が慰めなきゃいけねえんだ」