「まるで月夜からの使者でもやって来そうじゃわい。」

 無雲はそう言うと、大きな石の上にどっかりと腰を下ろし、虫たちに混じって笛を奏で始めた。無雲の笛は虫たちとも仲がいいらしい。互いの織りなす音は、おとぎの国の話でもしているようだった。円心は、草の上にごろんと仰向けに寝ころんで腕枕をした。空には満月が煌々と照っている。

『今宵で旅を始めて何日たっただろうか。』

 それは寺で過ごした年月に比べればわずかなのかもしれないが、円心にとっては長い長い年月に感じられた。今まで寺の中の生活しか知らなかった円心には、見るもの聞くものがすべて新鮮だった。

「確かに無雲殿の言うとおりだ。月の使者が降りてくるのが見えますぞ。」

 円心はそう言って無雲の方を見たが、無雲は相変わらず虫たちとの会話に忙しい。いつしか円心は眠りに誘われた。天の羽衣を着た月の使者の夢を見つつ・・・