―不覚だった。

円心は今までまわりの行者のことに気を止めたことなど一度たりともなかった。半眼で座禅をしていたその円心に飛び込んできたものは、般若のそれだった。

『鬼・・・』

 この世のものとも思えぬすさまじい形相は、突然円心の心の中へ飛び込んできた。その刹那、円心は、かっと目を見開いてしまった。見るとそこには、黒衣の行者が一人護摩炊きに没頭している。あたりは殺気だった空気に支配されている。そのただならぬ気は円心に向かっているわけではなかったが、研ぎ澄まされて無防備な円心の心にはあまりあるものだった。耳のそばで思いっきり何かをわめき散らされたような衝撃が、体中を走った。円心は金縛りにあったように、ぴくりとも動けなかった。真言の低い声は、円心をぐるぐると縛りつけていく。首筋には脂汗が一筋流れる。