「あっ。今は大丈夫だよ。」

 京介は由香里に黙って行くつもりだった。電話を片手に、片手で荷造りの手を止めなかった。

「久しぶりに京ちゃんの部屋でも掃除しに行こうかなぁ。」

「え?・・・あっ、いや、それが・・・」

「だって夕食の時間まですることもないし・・・洗濯物、ずいぶんたまってるんじゃないの?」

 由香里は、合い鍵を持ってたまに掃除しに来ていた。由香里は京介の、大学の時の二つ後輩で、早二十五歳になる。コンピューター会社に勤めているが、実家で家事手伝いをしながら花嫁修業をしてもよかった。それでも東京に残っているのは京介がいたからで、京介もそのことは分かっていた。近頃の京介には、「結婚」の二文字がプレッシャーになっていた。

『いつまでもこのままというわけにもいかないな。』

 京介は、そう思いながらもズルズルと毎日を過ごしていた。

「そうだなぁ・・・」

 アリバイづくりに頭を巡らせながら、カバンを脇に抱え部屋のドアを開けたときだった。

「!」

 なんとドアの向こうに由香里が携帯を耳にあてて立っていた。そこには目を丸くして、あ然としている由香里の姿があった。由香里を見ているうちに、京介の心の中に円心が現れた。円心は絞り出すような声で言った。

『京介・・・裏切ってはならぬ・・・裏切っては・・・』