京介は会社の同僚に電話をかけ、明日から一週間の休暇届を出してもらうように頼んだ。社内でも存在が希薄なこの社員が一週間やそこら休んだとしても会社としての不都合は何もなかった。しかし、いつの間にだろう。円心の存在は京介を変えていた。

「自分の中に答えがある」・・・そのたった一つの言葉を信じて、京介は行動へ移した。そこにはいつもの優柔不断な京介の姿はなかった。


『今から急げば夕方の熊本行きの飛行機に間にあう。』

 アパートに戻った京介は、旅行カバンに衣類を詰めていた。

「そういえば阿蘇と言えば、由香里の実家があったな。」

 京介は一度だけ学生の頃、阿蘇で温泉宿を営んでいる由香里の実家に遊びに行ったことがあった。そこへ今度は自分一人で行こうとしている。京介は、前世で天寿和尚を裏切って一人出ていったことを思い浮かべていた。『また裏切るのか。』
 そう思うと、どうしようもない切なさでいっぱいになった。

『いや、すぐに帰ってくればいいだけじゃないか。』

 そう振り切ろうとするが、今ここで裏切ってしまえばそれは、今生の別れとなるような気がしてならなかった。円心の時がそうだった。そして今度もそうなるような・・・
 そこへ当の由香里から電話がかかってきた。

「もしもし、京ちゃん?まだ仕事中だったかしら?」