『追ってくる・・・』

 京介はまだ、自分の心の中に巣くった恐怖心に気づかないでいた。吉村がことの異様さを察知したのは、放心した京介の顔を見た時であった。後ろの車はライトを上げ、急にスピードを出してきた。

「京介さん。考えちゃだめだ。」

 京介は吉村の叫ぶ声にハッと我に返った。

『しまった。』

「急いで。あれです、大黒天。」

 京介は吉村に促されて急ぎ、コートのポケットから大黒天を取り出した。

『円心・・・出てきてくれ、円心・・・』

 吉村たちの乗った黒いレガシーは、みるみる前方を走るトラックに近づいていく。後ろからは狂った車が追いかけてくる。もうだめだと思ったその時である。大黒天を見つめる京介の脳裏に円心の姿が現れた。

『京介・・・油断するでないぞ。』

 円心の顔は、前見たときのような笑顔ではなかった。凛とした顔立ちは京介を戒めているようでもある。京介が円心と通じた時、後ろから迫っていた車は、急にスピードを緩め、左折するとどこかへ行ってしまった。

「京介さん、しばらくはその大黒天は肌身離さず持っていた方がいいですよ。」

「どうやらそのようだな。」

 その夜アパートへ戻った京介は、疲れ果て泥のように眠った。