その月曜日の朝も彼、ボルス・ノーマッドは路地裏のゴミ箱の間で倒れていた。

生ゴミの臭いが鼻を突き目を覚ますと、頬が痛み、次に腹が痛んだ。年季の入ったコートには唾が吐きかけられ、ジーンズには前衛アートのようにいくつもの靴跡が並んでいた。

傍らを見れば、真っ二つに折れた携帯電話が数台。

「ああ、またやっちまったのか」
ボルスの耳が働く前に、その言葉は頭に飛びこんできた

路地の出口、大通りから見れば入り口に立っていたのは見知った顔の若者。NY市警の新人警官、ロイドだった。

「よう、<巻き毛ひよこ>のボウヤ」
「あのなオッサン。何度も言うようだがその呼び方はやめろ。俺にはロイドって名前がある」

ふくれっ面をしながらロイドの差し出した手につかまって、ゆっくりと腰を上げると、体全体がギシギシと悲鳴を上げた。

「俺も歳かな…」
そう呟くとロイドが「何を今更」と呆たようにビルの谷間を見上げていた。

「だからその、何とかならねえのか、酒を飲んだら他人の携帯をブチ折る癖は」
「あのなボウヤ…」
「何度も言ってるだろ、ボウヤじゃない、ロイドだ」
「じゃあ俺も何度も言わせてもらおう、年上に対しちゃもっと敬意を持って話すもんだ」
ボルスがロイドから手渡された缶コーヒーを飲みながらそう伝えると、今度はあきらめたような返事が返ってきた。
「毎週年下の新米警官に厄介になる酔っ払いの言う台詞じゃねーよ」
「ハハハハハ、ちげぇねえ」
高笑いをしてから、ロイドの後ろを睨む。

「大体よー、俺は正義の味方になりたかったんだぜ?FBIとかCIAとかさー、でも現実はこれだ」
「そんなもんが正義かねぇ…うだつのあがらない酔っ払いの相手だって、立派な仕事だぜ?」
「どこがだよ…」

ロイドの溜息が白いもやになって消えるのと、ボルスが鋭い声を出すのは同時だった。
「そこのアンタは年上を敬うタイプかい?」