その朝もボルスは路地裏のゴミ箱の間で目を覚ました。
生ゴミの臭いにまみれたコートには幾つもの靴跡が並ぶ。
傍らには真っ二つに折れた携帯電話が数台。
「ああ、またやったのか…」
その言葉はボルスの耳より先に頭に飛びこんできた。
駆け寄ってくるのは案の定ロイドだった。
「よう、<巻き毛ひよこ>の坊や」
「おっさん…その呼び方はやめろって。俺はロイドだ」
彼が差し出した手を掴んでゆっくりと腰を上げると、体全体が悲鳴を上げた。
「俺も歳かな…」
そう呟くとロイドが「何を今更」と空を見上げた。

「何とかならねえのか、その…酒を飲んだら他人の携帯壊す癖は」
「あのな坊や…」
「ロイドだ」
「年上にもっと敬意を持って話したら考えてやる」
缶コーヒーを飲みながら<伝える>と、ロイドが呆れた様子で返した。
「年下の新米警官に厄介になる酔っ払いの台詞じゃねーよ」
「ハッハッハ、ちげぇねえ」
「大体よー、俺はFBIとかCIAみたいな正義の味方になりたかったのになんでこんな……」
「正義ねぇ…酔っ払いの相手だって、立派な仕事だぞ?」
「どこが…」
ロイドの溜息が白く浮かんで消えると同時に、ボルスがその後ろへ声を投げた。
「アンタは年上を敬うタイプかい?」
「貴方の経歴には敬意を払います、Mr.セルラー」
物陰から現れた女性は、きっぱりとした口調で話しかけてきた。
「CIAのキャサリン・カールです。仕事の依頼を…」
「仕事?型落ちした携帯に今更か…?」
「し、CIA?へ?お、おっさん?」
目を白黒させるロイドをキャサリンが睨むと、ボルスが手を振って「いいんだ」と促した。
「この方は15年前CIAのESP特務諜報員で通称<Mr.セルラー>と呼ばれたトップエージェントです」
「…はぁ!?」
ボルスの大声をわざと無視してキャサリンは続けた。
「長官から直接の依頼です。受信者はこちらで用意を」
「ふぅん、ダグラスがね……」
ボルスが顎に手を当て、少し考えてから頷く。
「やって頂けるのですね!」
「…条件がある。受信者は俺が連れていく」
「え…まさか周波数の合う者が?」
ボルスは無言で立ち上がり、ロイドに握手を求める格好になった。
「ふむ、お前さんの言う、<正義の味方>ってやつの職場見学だ、来るか?<ロイド>?」