そいつは色を知らなかった。なにしろ、物心ついた時から、ずっと土の中にいたんだ。

世界には「濃い」と「薄い」しかないと思っていた。濃い土の中に薄い場所があれば、それはおいしい木の根か、邪魔な石か、そいつの世界はそんなものだった。

しかし、そいつは色に憧れていた。モグラやミミズが口々に言う外の世界の色鮮やかさに憧れてたんだ。

そして時は訪れる。そいつが生まれてから七度目の、土が熱くなる季節が廻ってきた時、そいつはついに外へと向かった。

必死に前足を動かして土をかく。いつもは横へ下へと動く体をひたすら上へ進めて行く。そしてやがて、その手が空を切った。

ついに色がある世界にたどり着いた!そう思ったに違いない。嗚呼、しかしそいつはえらくがっかりすることになる。

なんせ、自分の憧れていた外の世界は、やっぱり単調な「濃い」と「薄い」の世界だったからさ。

そいつは失望と闇の中、自分の空腹に気づく。せっかくだからと思ったそいつは、近くの木に登って口を伸ばす。

心ゆくまで樹液をほおばるそいつ、しかし、しばらくするとそいつは不思議なものを見る。

遠くの空が自分の知らない濃さになっていることに気づく。もしかして…そう思った矢先、そいつは急な眠気に襲われる。


次に気がついた時のそいつの驚きようといったらなかった。なにしろ、濃いか薄いかの世界が全て、見たこともない鮮やかさでその目に飛び込んできたんだからな。

それから自分の体を見て、またえらく驚いた。眠ってしまうまでの自分とまるで姿が変わってしまっていたんだから。

大きくなった体と、背中から伸びるなにかに戸惑いながらも、そいつは体をゆっくりと動かす。

もともと知っていたかのように背中のそれをばたつかせると、体がわっと空に舞った。

そして自分の背でばたつくそれを見て、そいつは思った。

背中に世界の色が映っている、とね。

透き通る翅の向こうに、輝く太陽を、揺れる葉を、抜けるような空を見て、そう思ったんだ。


やがて日は登りきり、世界は一層鮮やかな色に包まれる。



な?聞こえるだろ?今日もあいつらが生を謳歌する声が。

色鮮やかな世界に歓喜する声がさ?

みぃんみんみんみんみんみんみん、みぃんみんみんみんみんみんみんみぃ