ギュッと唇を噛み締め、必死に悔しさと怒りをこらえた。
財布ひとつで。
たったひとつの財布如きで弱みを握られるのか、あたし。
そうだ。
これを機に、アイツのことは忘れよう。
ずっとこのまま引きずっていちゃいけない。
わかってたけど、なかなか捨てられずにいたんだ。
財布は…どうせほとんど空だし。
「もういいよ。」
「…は?」
「別にいい。財布、どうせ空だし。」
アイツのことだって、これで忘れられる。
ずっと後ろばかり見てたあたしは、解放されるんだ。
「これさ、カードとか入ってるけどいいわけ?」
「え…!!?」
「サービス券に、割引券…ドリンク無料だって、これ。」
「な、な、な…」
財布の中から、カードや割引券などを出しては見せびらかしてくるこの男。
得意そうな顔をして笑っている。
……わかってたんだ…。
こうなることを。
この男は、こうあたしが言い出すことは想定内だったんだ。
「こんの…性悪っ!!」
だから嫌なんだ、頭のいい男は!
計算ばっかしていて、自分の手の内を見せない。
そうだ。こいつは、まだなにか隠している。
弱みを握り、あたしを自分に従わせるという目的を。
「早く答えろよ。名前、なに?」
「…い」
「あ?」
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