「いいから、早く先生のところに行きなさいよ! 

でないと、本当に留年になるわよっ!」





 拓斗は渋い顔をしながらも、あたしの【留年】という言葉が堪えたのか、ハァと溜息を吐くと、力なく「わかった…」と呟いた。


「あっ、でも、お前はどうするんだ? 

俺、恐らく補習があるから、かなりの時間待たせなくちゃいけないと思うけど―――…」


「ああ、いいよ。

今まで何一つなかったんだし、大丈夫でしょ。

圭くんの思い過ごしよ」


「でもな…。

今から、圭史に連絡して迎えに来てもらえよ」


「えぇ!?」





 さすがにそれは―――…。


 第一、圭くんも拓斗も大げさすぎるよ。


 いくらなんでも…。


 確かに、静香さんは怖かったけどさ。


 そこまではしてこないと思うんだよね?


 これって、あたしが楽観的すぎるのかな?


「とにかく、一人で帰るのだけは―――…」


「大丈夫だって! それじゃね~!」


「えっ!? 

おいっ、ちょっと待てって、茅乃!」





 後ろで拓斗が叫んでいるのが聞こえていたけど、あたしは聞かなかったことにして、その場を走り去った。





 あたしのこんな私情と拓斗の留年の危機とを天秤にかけたら、絶対に拓斗の留年の危機のほうが大切に決まってる。


 それなのに、あたしのことを優先させようとしているんだもん。


 まったく―――…。


 第一、これまでも何の心配だってなかったんだから。


 拓斗も圭くんも心配しすぎなのよ。





 ふふふん…。





 心の中で鼻歌を歌いながら、あたしは軽快なステップで帰路へと歩いて行った。