まだ立っている人はさほどいない。
これが5駅先の終点に着く頃には
ぎゅうぎゅうのすし詰め状態になるのだけれど。
何人かスーツ姿のサラリーマンの向こうに
何度か見掛けたことのある顔を見留た。
(アッ!黒の君だ……)
あたしは勝手に彼を
《黒の君》
と呼んでいた。
いつも黒い服装
肩に掛かるくらいの髪も
染めてはいなくて
綺麗な漆黒だった。
窓際にもたれ、いつも外を見ている。
ポケットに浅く手を入れ
けだるそうに立っている横顔…
鼻筋が通り、髪の毛と同じ漆黒の濃い睫毛が
瞼の下に影を映す。
整った輪郭は顎の線を美しく形取り
喉仏がなかったら、女にも見える。
ちゃんと食べてるのかしら…と心配になるほど、華奢な体つき。
朝の通勤、通学でごった返す電車では
一人だけ違う雰囲気を醸し出し、人目を引いていた。