石田が中庭に来たのは私たちが病室を出てから30分位たってからだった。



「どう?ちゃんと話した?」


石田に尋ねると石田は顔の表情を曇らせて首を横に振ったんだ。


「紫衣、覚えてないんだ。あの日のこと何も覚えてなかった。」


「そう...。」



私と石田の間に重苦しい空気が流れた。


やっぱり覚えてなかったんだ。


きっと紫衣は受け止めきれずに忘れようとしたんだね。




「大丈夫よ!!紫衣はそんなに弱い子じゃないわ。何もかも思い出すわよ。
今は一時的に混乱しているだけよ。気長に待ちましょう。」



私達の重い空気を一掃するようなおばさんの明るい声。


「今日はもう遅いからここでさよならしましょう。
毎日ありがとう、気をつけて帰ってね。」



病院の入り口にむかって歩き出すおばさん。



「おばさん、また明日!さよなら。」




自動ドアの前で立ち止まるおばさんの背中に向って声を掛けた。


大きく手を振ってからおばさんは建物の中に消えていった。





「石田さ、本当のところどうしたいの?」


「なにが?」


「なにがじゃないよ!!紫衣か真衣かどっちが好きなの?」


「そんなことお前に言う必要ないだろ?」


「ある!!」


「なんでだよ!」


「なんででも!」


「わけわかんねぇよ!」


「わけわかんなくていいんだよ!!」



だってそうでしょう?


今は何もわからないんだもん。


これからのことも何も見えないんだもん。



「明日も晴れるかなー?晴れてほしいなー!」


「なんだよ、それ。」


「なんでもいいの!!晴れるといいなって思っただけ。」



曇ってたっていつか晴れるよね?

その日私は石田とあの日から始めてまともに話をした。

誤解していたのかもしれない。

石田は紫衣をとっても大切に思っている。

今はそれが私にもわかるよ。


だからきっと晴れる日が来るよね?