「殿、お休みにならねば疲れが取れません。」
「それがなかなかに眠れそうにないのだ。」
「どこかお加減でも悪いのですか?」
「いやそうではない。」
なにを考えておいでなのか俺にはわからない。
普段から秀吉様のお心をいち早く理解され、その通りに事を運ぶ殿、ずっと気を張り詰めていないとできないことだ。
どんなに気を張り詰めても殿ほどの仕事をこなすのは正直誰にもできないと思う。
だからこそ秀吉様の一番の理解者として側に仕えている。
まだ殿が秀吉様に召抱えられる前の話。
鷹狩りの帰りに殿の修行する寺に秀吉様の一行がお寄りになった。
喉が渇いたと茶を所望された秀吉様に殿は最初は薄くてぬるめの茶をたっぷりとお出しし、もう一杯とおかわりを所望された二杯目には一杯目より少し濃くし湯の温度も高くした茶を一杯目よりも少なく出し、またおかわりを所望された秀吉様に三杯目は熱くて濃い茶をほんの少しだけ出したという話しを聞いたことがある。
ただ茶を出すのではなく、相手がどのような状態で茶を所望されているのかも瞬時に気付くことができるすばらしい気遣いだと思った。
そんな殿だから疲れているのだろう。
殿を癒せることができる存在はいないのだろうか...。
俺をからかうようにして話しかけてくる時の殿は少し子供のように振舞われる。
でもそれだけでは足りない。
殿が心の底から安らげる、そんな場所は無いのだろうか。
「隆吉、もうよいさがれ。」
「はい。」
気持ちは重く俺も切なかった。
俺では殿を癒すことはできないのだ。
そんな気持ちを胸に抱いて自室に戻った。


